井上郷子ピアノリサイタル#19:モートン・フェルドマン作品集

野々村 禎彦

 近藤譲が主宰する現代音楽演奏集団ムジカ・プラクティカのピアニストとして現代音楽に取り組み始めた井上郷子は、この団体の活動休止後は自らの足で現代音楽企画を続けている。200〜300人規模の室内楽ホールでの年1回のリサイタルと、50人規模のサロン的な会場での年数回のレクチャーコンサートの二本立てであり、本サイトでは2003年の表参道・カワイミュージックショップ青山におけるクンス・シム作品レクチャーコンサートを取り上げた。最近の彼女は、門仲天井ホールというより小回りの利く会場で "Music Documents" シリーズを積極的に開催しており、2008年より年3回のコンサートを行っている。これらの企画には、井上のパートナーである作曲家の伊藤祐二も協力しており、今回のプログラムノートも伊藤の手になる。

 初期のリサイタルでは、何らかの意味で実験的ないし前衛的であることを条件に日本人作曲家を幅広く紹介してきたが、アカデミックな評価が確立した作曲家を中心に毎年多くの委嘱初演を行う中嶋香、クラシック作品のピリオド楽器による演奏会にすら若手作曲家や実験的ポピュラー音楽との境界領域で活動する作曲家への委嘱新作を潜り込ませようとする大井浩明ら、意欲的な後進が育ったことで方針を転換し、広義の実験音楽を中心に、より自分本来の関心に忠実なプログラムを組むようになった。前回の松平頼暁近藤譲作品集や今回のオール・フェルドマン・プログラムは、彼女の真骨頂とも言える曲目である。今回のセットリストは以下の通り:

 前半は初期小品集、ただし五線譜で書かれた作品限定。ニューヨーク・スクールの各作曲家の作風の差異や変遷を問題にしない水準の現代音楽の概説書では、フェルドマンは専ら図形楽譜の創始者として取り上げられる。「即興にイマジネーションを与える模様」という読み方を許容するヨーロッパ前衛的な図形楽譜とは一線を画した抽象指向は、ニューヨーク・スクールの他の作曲家たちの図形楽譜と共通しており、ピアニストとしてのチュードアにならった解釈が一般化した。個々の音響の差異を際立たせて恣意的なグルーピングは行わず、インテンポでやや前のめりに駆け抜ける。このスタイルは同時期の五線譜で書かれた作品の解釈にも逆輸入され、フェルドマンの初期作品もこの流儀で演奏されてきた。

 だが、この日の井上は、米国流セリー主義の影響を残す《2つのインターミッション》以外の作品ではじっくりと間合いを取り、古典的なフレージングに沿って音を紡いだ(註1)。この解釈はこれまで聴き慣れたものとはあまりに異なっており、時代様式を無視した恣意的な解釈ではないかとまず疑問が芽生えるが、アンサンブル作品でも図形楽譜から離れ始める時期の《ラスト・ピーシズ》《ピアノ曲(フィリップ・ガストンに)》の作風に滑らかに繋がっている。従来、フェルドマンの作風は五線譜への回帰とともに大きく変化したと考えられてきたが、この日の解釈はその常識を再考させるものだった。フェルドマンの作風は図形楽譜期も五線譜回帰後も一貫しているが、彼の意図した図形楽譜の読み方はニューヨーク・スクールの他の作曲家たちとは異なっていることが見落とされてきた結果、作風が転換したように見えているのではないか。井上は、リュック・フェラーリ塩見允枝子、クンス・シムらニューヨーク・スクール以外の実験主義の作曲家に幅広く取り組んでおり、フェルドマンの特殊性も見えるのだろう。

 この前提に立ってフェルドマンの図形楽譜を思い返してみると、一定の幅で音高選択の余地を与える長方形の音符、奏者が譜面を先読みしてフレーズ感を与えることを防ぐ数字譜による音楽要素の指定など、彼の図形楽譜の背後にはまず伝統的な記譜があり、解釈の可能性を拡張したり制限したりするために図形的な要素を持ち込んだ手順が見て取れる。これに対し、ケージの図形楽譜の最も発展した形とみなせる、透明プラスティック版を演奏機会ごとに組み合わせ、描かれた図形の位置関係を音楽要素に読み替えて「偶然性によって生成された厳密な五線譜」を作る方式では、図形楽譜を用いる意義はまず偶然性の幅を広く取ることであり(註2)、伝統的な持続感を残した解釈は無意味だと奏者に悟らせることである(註3)。フェルドマンの創造的な伝統主義は図形楽譜にも内包されているという仮説は、是非井上による演奏で確認したい。

 後半は《バニータ・マーカスのために》1曲のみ。《Why Patterns?》(1978) に始まる、調性的素材の不規則な反復と変容に基づいた、長大な演奏時間を要する後期作品群のひとつである。フェルドマンのこの時期のピアノ作品では、最晩年の《マリの宮殿》(1986) が演奏時間も30分に収まるため最も演奏機会が多く、1時間を超える《三和音の記憶》(1981) は高橋アキのために書かれたこともあり、日本では比較的知られている。これに対して、同じく1時間を超える本日の演奏曲は相対的に知名度が低い。また、この時期のフェルドマン作品の特質は、長い時間枠がもたらす「記憶と忘却の対位法」であり、調性的素材は記憶に引っかかりやすいから有効、という風に解釈されてきた。従って、個々のフレーズを明晰に響かせる方が良いはずだということになる。

 だが、この日の解釈はこの前提を転倒させるものだった。ダンパー・ペダルを踏みっぱなしにして調性的な断片を弾くと、音と音が干渉して豊かな倍音を含む残響が生まれるが、この残響に焦点を絞り、鍵盤上の音符は残響を生成するための影のように扱う。後期フェルドマンは決して「ポストミニマルの亜種」ではなく、依然「実験音楽」であることが、この解釈で初めて浮かび上がってくる。執拗な反復はミニマル音楽の模倣ではなく、残響を育てるための行為だった。弦の振動には周期があるので、似たフレーズでも少し音価を変えるだけで残響は大きく変わる。反復の周期が弦の振動周期の整数倍になっていると残響はよく育つので、この解釈では曲のテンポはおのずと定まり、音価の変更はこの定常振動状態への異物として機能するように作曲されている。「旋律的」な解釈では見えにくい不規則な変化の意味が、この日の井上のアプローチでは手に取るように見える。

 かつて高橋アキは後期フェルドマン作品の音組織をライリーの純正律に基づいた作品と対比し、平均律の滲みには特有の魅力があると論じたが、この日の解釈ではそれがさらに明確になった。藤枝守は純正律音楽の魅力を「楽器自体が共鳴して鳴り始める」ところに求めているが、これは逆に見れば、残響が固有振動モードに収斂してしまうということでもある。ペダル踏みっぱなしで弾き続けた時に広がる霧のような残響、特定の旋法のフレーズで育てた残響に違う旋法のフレーズを衝突させた時に湧き上がるノイズと、徐々に変化する残響の色合い。いずれも平均律で調律されたピアノならではの現象で、ダンパー・ペダルが本質的な役割を果たしている。「オーケストラはペダルのないピアノ」というフェルドマンの発言は、この状況を前提にしていた。オーケストラや大編成アンサンブルを主な対象にしてきた中期から、ピアノを含む小編成アンサンブルを主な対象にする後期の作風への転換の契機は、ピアノの残響の豊かさの発見であり、それをようやくオーケストラで再現したのが、始まりも終わりもない淡いクラスターの音色変化のみがひたすら続く、《コプトの光》(1985) や《サミュエル・ベケットのために》(1986) だったというわけだ。

 一晩の演奏会で作曲家への見方を変えてしまう、広く知られた作曲家の作品を取り上げる演奏会の最もラディカルな可能性が実現された一夜だった。かくなる上は、フェルドマン初期の図形楽譜作品と中期(楽器編成をそのままタイトルにした、作曲者自ら「ベケットの時代」と呼ぶ時期)の《ピアノ》(1977) を井上がどのように解釈するのかも聴いておきたい。さらに、米国実験主義の本丸であるケージ作品でも同じような奇跡を聴かせてくれるのではないか、と生誕100年を前に期待はいやが上にも膨らむ。

(2010年2月28日 初台・東京オペラシティリサイタルホール)

(註1) 奏すべき音符のリストを任意の順で何度弾いても良い、という極めて自由度の高い「管理された偶然性」を用いた《エクステンションズ3》の演奏はこの限りではないが、だからこそ他の曲とは異なった書法に基づいていることが聴き取れる。解釈の方向性を明確にすることで例外を際立たせるのもまた「解釈」である。

(註2) 奏者が五線譜の断片から選択する「管理された偶然性」方式は、組み合わせの場合の数は一見莫大になるが、テクスチュアはどの選択でもさほど変わらない。

(註3) 最終的に五線譜を弾くことになるのは、西洋楽器を用いて記号を音響に変換するには、むしろ五線譜による指定が恣意性を最も効果的に排除できるからである。

(c) 2010 Yoshihiko NONOMURA

Brief Report - 03/11/09 井上郷子ピアノリサイタル - クンス・シムのピアノ曲
Live Review - 06/10/15 アンサンブル・ボワ特別演奏会:フェルドマン《弦楽四重奏曲第2番》(1983)
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