MOTコレクション特集展示・岡崎乾二郎

野々村 禎彦

 かつての東京都現代美術館は、「箱もの」という概念のパロディのような広大なスペースで、セゾン美術館がバブル期までに紹介し尽くした欧米や日本の大家たちの企画展を繰り返していた。常設展も、東京都美術館から受け継いだ日本の現代美術草創期のコレクションに、最高値で掴まされたポップアートの大家の作品を幾つか加えた十年一日の内容にすぎなかった。だがここ数年、展示の方向性は大きく変わった。2006年の大竹伸朗回顧展のような超弩級の企画展は決して多くはないが、最先端のテーマや作家を追って消化不良や空振りに終わることはあっても、無難すぎて不毛ということはなくなった。さらに、玄人筋では評価されているが一般的評価はまだ確立していない作家に新規購入の対象を移し、常設展の枠内で作家紹介を行うようになった。収蔵作品にこだわらずテーマ性を優先する姿勢が根付くと、他の展示室もこれにならって随時配置換えされるようになり、企画展が期待外れでも常設展がある、と足を運ぶ頻度が自ずと増えた。

 このような変化は、チーフキュレーターを務める長谷川祐子に負うところが大きい。彼女は水戸芸術館を皮切りに、世田谷美術館の学芸員時代に数々の優れた企画(企画展のみならず、音楽企画や講演会企画も含む)を担当し、金沢21世紀美術館の学芸課長を経て2006年から現職に就いた。特に今回取り上げる2009年10月〜2010年4月の常設展は、開館15周年の節目を意識した大がかりなものになっており、3階のメイン展示室は実質的に「実験工房」特集。山口勝弘+鈴木博義、福島秀子+福島和夫によるオートスライドの再現展示まで行われており、現代音楽好きにも見逃せない内容だった。1階のメイン展示室はさらに凄い。岡崎乾二郎の収蔵作品に個人蔵ないし作家蔵の関連作品を加え、実質的には過去最大規模の回顧展を実現した。


 本サイトは美術評メインではないので岡崎の紹介はあえて行わないが、現時点での主著『ルネサンス:経験の条件』や松浦寿夫との共著『絵画の準備を!』を読めば、岡崎の批評眼は並外れたもので、実作にも直結していることが容易に推察できるはずだ。今回展示されたのは、80年代に間歇的に制作されたレリーフ『あかさかみつけ』シリーズ10点余り、『0号シリーズ』と総称される00年代の小品群(20cm×25cm前後の板に張り付けたキャンバスにアクリル絵の具で一気に描いたシリーズ)50点余り、それと密接に関連する2m四方ほどの絵画10点弱と、陶器のパネルを貼り合わせた最近作2点、1989年のベルギー・ゲント美術館での個展への出品作、建築家・長田直之との共同作業『TO邸』の立体模型。一見ばらばらな作品群を結びつけるシステムの存在が、今回の展示の核心である。

 今回の常設展1階では順路が緩やかに指定されており、米国抽象表現主義&色面抽象の部屋を見てから岡崎展示室に入り、出てから米国ネオダダ&ポップアートの部屋を見ることになる。メイン展示室は大きく3つに分かれ、順路に従って入るとまず『あかさかみつけ』シリーズの部屋になる。入口の脇の壁にはシリーズの原型になった段ボール製のチープなオブジェ(収蔵作『3時12分』)が置かれ、角を曲がった3面に、このオブジェをポリプロピレン板で作り直して彩色したシリーズが配置されている。段ボール同様、裁断も折り曲げも容易な板を切り込み、折り出して立体形状を作っており、個々の形状は規格化されているが、太いストローを貼り合わせたような、中空でトタン板のように波打ったポリプロピレン板の裁断方向には一見してわかる規則性はない。彩色もひとつひとつ異なるが、青緑〜深緑とオレンジ〜焦茶の組み合わせという振れ幅の中に収まり、絵の具はプラスティック板の凹凸が見える程度に透明で、塗りは刷毛目が残るくらい粗い。ひとつひとつは冴えないオブジェだが、連作としてまとめて展示されるとにわかに聖性を帯び始める。形状や色調の統一と断面や彩色のばらつきが絶妙なバランスを保ち、工業製品の画一性を擬態したポップアートと伝統的な美術作品の自由度の中間に位置する。一度ツボにはまれば、作品の「意味」は観客の内面でひとりでに生成され始める。

 「霊感」を発揮する余地を残しつつ、可視化されたシステムによる制限が作品の質に直結している――現代音楽の歴史を知る者にとっては、このようなスタンスはセリー主義を経た戦後西欧前衛音楽のスタンスに他ならない。ただし、戦後もヨーロッパが強い影響力を持っていた現代音楽の世界とは対照的に、戦後の現代美術の世界では長らく米国が支配的な位置を占めていた(註1)。この絶対的な米国優位が崩れたのはベトナム戦争終結以降、現代音楽界では伝統回帰が強まった時期である。現代美術の世界でも伝統回帰を背景にヨーロッパが復権したわけだが、米国実験主義の成果をほぼ無視したヨーロッパ現代音楽の伝統回帰は退嬰的な結果しかもたらさなかったのに対し、米国現代美術の成果を吸収しながら進行したヨーロッパ現代美術の伝統回帰は、ポストモダンの時代に相応しい魅力的なアマルガムを生んだ(註2)。岡崎作品の歴史的位置は確かにこの順路の通り、抽象表現主義&色面抽象=米国実験主義音楽と、ネオダダ&ポップアート=フルクサス&初期ミニマル音楽の間の「失われたヨーロッパ」にあたる。

 すなわち、岡崎のスタンスは現代美術の歴史の中では「理論的には正統だが系譜的には異端」の存在で、正当な評価はなかなか得られなかった。戦後西欧前衛音楽に代表される、モダニズムへの評価が極めて冷淡な日本の芸術状況(現代音楽では、松平頼則頼暁父子の音楽の評価の低さを思い出せば十分だろう)ではなおさら。日本では80年代にようやくポストモダニズムが流行思想になったが、モダニズムを通過しないポストモダニズムは俗流レベルではプレモダンの情緒性と結託し、だらしない現状追認に堕してしまう。湾岸戦争をひとつの契機に、80年代にはポストモダンの相対主義の側に立っていた思想家たちが現実に積極的にコミットし始め、思想的にもむしろモダニズムの啓蒙に努めるようになった。後に「ポストモダンの左旋回」と揶揄されたこの変化の中で、岡崎はモダニズムを徹底した美術批評でまず注目を集め、やがて創作にも関心が持たれるようになった。とはいえ、ロマン主義的なイリュージョンや職人的なメチエが絶対視される日本では依然批判的に扱われることが多い。今回の展示は、岡崎のモダニズムの核心にあるシステムの例をわかりやすく可視化した点で画期的である。


 『あかさかみつけ』シリーズを見終えて視線を次の部屋に移しても、仕切りの壁は入口のすぐ近くまで延びており、中はよく見えない。入口側の壁に多くの絵が掛かっているのはわかるが、ほぼ真横から眺めることになるのでこちらも全貌はわからない。結局、目に留まるのは奥の部屋の突き当たりの壁になるが、そこには『あかさかみつけ』シリーズとコンセプトは共有しているが形状は異なる収蔵作『17時27分』が掛けられている。すなわち、レリーフのシリーズは『あかさかみつけ』だけではない。こちらの彩色は明るいパステルカラーで、『あかさかみつけ』シリーズの暗く渋い彩色は共通コンセプトではない。プロトタイプとそのヴァリアントをまとめて展示するのみならず、今回の展示のプロトタイプもヴァリアントのひとつにすぎないことを併せて示し、部分から全体への道筋もきちんとつけられている。今回の展示では、展示室の構成も作品の一部なのだ。

 次の部屋に入ると、前の部屋との仕切りにあたる入口横の壁には、各々1.8m×1.3mの大型の収蔵作一対が掛けられている。岡崎のウェブサイトでも絵画の主要作品として挙げられている『山の向こうの中腹のちっぽけな村はすでに見えなくなり、ふたたび春が巡ってきた。葡萄の木はあたかも塀の笠石の下を葡う病める大蛇のように見える。生あたたかい空気のなかを褐色の光が動きまわっていた。似たりよったりの毎日が作りだす空白は伐り残した若木まで切り倒すだろう。日々の暮らしのなかで樹木の茂みは岩のように突き出ている。』『自分の暮らした村がこんなに小さく思われたことはない。太陽が姿をみせた。背の高いポプラの林は風に吹き動かされる砂浜のような格好をしている。切れ目のないその連続を見ているだけで眼がくらんでくる。変り映えしない日々の連続に酔うことができたなら象や蛇をしとめた気にもなれる。蝶が舞うようにそんな風に彼はものを識ったのである。』である。小説の引用とおぼしき長文のタイトルは、抽象絵画に詩的なタイトルを付ける慣習のパロディに他ならないが、ウェブサイトの他の絵画作品と見比べると、タイトル自体に意味はなく、その長さは使った絵の具の量に比例するという明快なコンセプトが見て取れる。ただし、米国実験主義的なスタンスならば、引用の対象は広告コピーやポルノ小説など無差別に設定し、文中の任意の箇所で中断して絵の具の量との比例というコンセプトを徹底するのに対し、岡崎作品のタイトルはあくまで趣味の良い文章から引用され、タイトルも文節で切って詩的想像の余地を残している。仮想的庇護者である上流階級の趣味の範囲に収める、という戦後西欧前衛のスタンスにはあくまで忠実である。

 『0号シリーズ』同様、これらの大型絵画でも透明/不透明のアクリル絵の具が併用され、筆で描いたというよりはナイフで掬ってキャンバスに擦り付けたようなタッチが用いられているが、デュビュッフェ今井俊満の、キャンバスのサイズに釣り合った立体的な塗りと比べると小ぢんまりしており、将来の『0号シリーズ』の色見本のよう…というか、まさにそうなのではないか? 今回の展示で選ばれた『0号シリーズ』の作品で用いられている色彩は、黄緑〜青緑〜深緑と肌色〜オレンジ〜焦茶と、『あかさかみつけ』シリーズの色彩をやや明るい側に拡張した上で同系色でまとめている。今回展示された大判の絵画の多くもこれらの色彩が中心になっており、透明絵の具の質感や隣り合う色の組み合わせまで、『0号シリーズ』の方で再現されていることが多い。これらの構成色一掬いずつを擦り付けただけの『パンの凹み(スープを飲む)』は最もシンプルで充実した作品であり、タイトルも簡潔なのに対し、逡巡の果てにキャンバスの余白が見えなくなるまであらゆる色を塗り重ね、具象的なパターンすら見え始めているような作品ほど出来は微妙で、タイトルも冗長になる。

 だが、吉祥寺・A-thingsでの "ZERO THUMBNAIL" 展のように、さまざまな色見本から派生したシリーズの新作のみを展示する従来の方法(註3) だと、この関係性は見えてこない。あえて東京都現代美術館の収蔵作品と同系色の色見本、及びそこから派生したシリーズ作品のみを大量に並べることで、この関係性は偶然の産物ではないという確信が生まれる。この発想は岡崎自身によるものなのか学芸員によるものなのかはわからないが、少なくとも大型作品にも0号作品にも作家蔵のものが数多く含まれており、この企みに岡崎が積極的に乗ったことは疑いない。0号シリーズの展示方法も、入口と出口の側の壁は目の高さを中心に上下に波打たせているのに対し、反対側の壁では測ったように水平に並べられており、このあたりの即興的な遊びにも作家が楽しんで作業していた様子が窺える。また、『あかさかみつけ』シリーズの部屋から別系統のレリーフが見えるような展示が行われていたのと同様に、特定の色見本から派生した『0号シリーズ』を集めた部屋でもそれ以外の作品系列の存在は仄めかされており、出口近くの大型作品のみ、他作品には見られない鮮やかな赤系統のグラデーションを含んでいる。

 展示期間の後半のみ、『0号シリーズ』の部屋の床で展示された『釉彩陶磁床』は、陶器のタイルを敷き詰めた上に靴を脱いで上がることで触覚を通じても作品を体感できるという点で新機軸だが、個々のパターンは違うが色彩は共通する連作の集合体という点では延長線上にある。新しいのは、陶板を任意に入れ換えながら上下左右に連結することを前提にタイルのパターンが決められている点だろう。一続きの下絵を描いて切り分けたのでは「唯一の正解」が生まれてしまうし、タイルを焼く途中で一部が割れたら構想が崩れてしまう。タイルの上辺と下辺、右辺と左辺の塗り分けがほぼ同じなら内側のパターンによらず連結は可能だが、タイル内で顔料が自然に流れることを要請すると、おのずとパターンにも一定の類似性が生まれてくる。このような関係性は、大型絵画と『0号シリーズ』の関係性とは質的に違う。これらは建築分野での最新作『Blockhouse Sunagawa』で実際に床を覆っているタイルの一部で、展示用に取り外して組み直したものだった。

 なお、『0号シリーズ』の展示室の一角に置かれていた『TO邸』の立体模型は、それ自体を見せることが目的ではなく、今回の「個展」の空間配置が『TO邸』の間取りにならっていることを示すためのものだった。「何でも良い」ものは直感ではなく先行するシステムに従って決めるスタンスはモダニズムの根幹である。また、最後の部屋には『17時27分』の他、それを拡大して人間以上のサイズにした3次元オブジェ、その設計図を拡大して彩色した平面作品など、ありふれた発想のオブジェが並ぶ。前2室のテンションと比べると拍子抜けさせられるが、むしろ巨大オブジェや「海外での評価」を無批判に有り難がる日本美術界の風潮への皮肉だったのかもしれない。常設展の中で行われる個展という位置付けを考えても、中央の部屋の展示で沸騰した頭をチルアウトしてからネオダダ&ポップアートの部屋に向かう方がスマートなのも確かだ。


 今回の岡崎作品の展示は、『あかさかみつけ』シリーズと『0号シリーズ』をかつてない規模で見られたという点でも意味があったが、あえて展示作品を絞り込むことで作家の特質を際立たせ、さらに歴史的評価の定まった収蔵作品を利用して美術史上の位置付けも示す水際立ったキュレーション(担当学芸員:薮前知子)によって「回顧展」と呼ぶに相応しい内容になった。00年代は横浜トリエンナーレのような大規模美術祭が日本にも定着したことで、日本の美術界におけるキュレーションの課題が浮き彫りになったが、個々の展覧会レヴェルでは成熟したキュレーションを感じさせる企画が現れつつある。一度「作家の意図」から離れ、作品が内包する可能性を虚心に見つめることから創造的なキュレーションは始まるが、これはモダニズムを享受する前提条件でもある。今回の企画は、モダニズムを体現しているがゆえに誤解されてきた岡崎の作品が、『批評空間』誌が帯びていた権威主義とは無関係に受容される時代がようやく訪れたことを象徴するものだった。

(註1) 米国の抽象表現主義や色面抽象の全盛期は、ヨーロッパではアンフォルメルと総称される抽象絵画運動の全盛期でもあった。名前の通りフランスが中心で、同時期の日本の抽象絵画運動はむしろこちらの影響下にある。米国中心史観の形成にはCIAの工作が影響を与えていたことは広く知られており、ヨーロッパでは米国の戦後絵画も世界的な抽象絵画運動の一環と捉えられている。だが本稿では、これを踏まえても米国中心史観を採りたい。アンフォルメルにも優れた作家は少なくないが、彼らは結局アール・ブリュットを称揚する反モダニズムに向かい、カンディンスキー、マレーヴィチ、クレーという戦前の大御所の達成を乗り越えるヴィジョンすら示せなかったからである。

(註2) その中でも特筆すべきは、リヒターポルケら、旧東ドイツから西側に亡命した作家たちだろう。米国の文化的達成を率直に受容するには、ヨーロッパの中心との一定の距離が必要なのかもしれない。

(註3) 『0号シリーズ』のコンセプトのひとつは、サイズを小さくして初期価格を「学生でも買えるくらい」まで抑えることにある。従ってギャラリー展示の場合は、新作の展示即売会という本来の目的に忠実な構成にならざるを得ず、今回のように特定のコンセプトに沿って作品を絞り込んだ展示は難しい。

(c) 2010 Yoshihiko NONOMURA
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